あなたが、音楽を聴きたいと感じるのはどんな時でしょう?
楽しい気分の時も、悲しい気分の時も音楽を聴きたくなることはありませんか?
それは食事をすることにも似ています。楽しい気分の時も、悲しい気分の時も人間にとって食事は必要です。
今日は何を食べたい気分なのか、そういったことを考えながら、レストランを選ぶこともあるのではないでしょうか?
では、どんな音楽を聴きたいか?
音楽は日々遭遇するもので、テレビから流れる新しい音楽に耳を止めたり、昔よく聞いていた音楽を懐かしんだり、励まされたり。
音楽に耳を止めたり、音楽によって心に何かを感じたら、それは心が癒しのために欲していたものなのでしょう。
どんな音楽を聴きたいのか?それを指し示すのが”同質の原理”です。
・同質の原理
1952年にアメリカの精神科医I.アルトシューラによって発表された、統合失調症の患者さんへの治療法です。
統合失調症の患者さんたちの症状は、幻覚、妄想、強いイライラ、感情の鈍磨、興味の喪失、引きこもり、意欲の低下など、社会生活が困難な症状です。
I.アルトシューラ―は、患者さんたちには、まず最初に患者さんと同じ”気分”と”テンポ”の音楽を聴かせるべきだと考えました。
これが、音楽療法において重要な”同質の原理”です。
I.アルトシューラは患者さんの心理状態と音楽を”気分”と”テンポ”の2点で捉え、それぞれが対応する音楽を聴かせるべきだと考えました。
みなさんもそのときそのときの気分や感情の流れにテンポがあるということを少なからず感じていることでしょう。
そわそわしている時、うきうきしている時、ワクワクしている時、イライラしている時など、そのときそのときの気分の違いで同調できるテンポは少しずつ違っています。
楽しい時には楽しい音楽が聴きたくなる、寂しい時には寂しい音楽が聴きたくなる、イライラしている時には激しい音楽が聴きたくなるのではないでしょうか。
人は、そのときの自分の気分と同質の音楽を好んで聴こうとします。
落ち込んだ時に気分を明るくしようとして、元気でアップテンポな音楽を聴いても心が受け付けることができないので、静かでゆっくりとしたテンポの方が体になじみ、落ち着くことができるのです。
ですから、統合失調症の患者さんも同じく、患者さんの気分にあった同質の音楽を聴かせるべきで、それを選ぶ指標となるのが”気分”と”テンポ”ということになります。
同質の入り口から入るということが基本です。
身体は元気なつもりでいても、心は疲れていて休息を求めている場合もあります。自分のそのときの気持ちに素直になって音楽を選べば、音楽は優れた心の処方箋となります。
また、同質の原理は、そのときの気分ばかりでなく、何が好きか、何が嫌いかということを知ることになるため、その人の価値観やアイデンティティにも関わるといわれています。
・異質への転導
I.アルトシューラは、統合失調症の患者さんに対する音楽療法として”水準戦法”という治療法を提案しました。これは、”レベルアタック”とも呼ばれています。
人間の音楽に対する反応を
①リズムへの反応の段階
②和声を伴った旋律への反応の段階
③音楽の持つ気分の利用の段階
④絵画的な音楽で人間の連想を刺激する段階
と分け、その順序に従って刺激の種類を変えていく方法です。
①リズムへの反応の段階
本能的なリズムで患者さんの不活発や無気力に治療を施す。
②声を伴った旋律への反応の段階
和声と旋律の調和で脳を刺激する。
③音楽の持つ気分の利用の段階
患者さんの気分にあった音楽を聞かせ、患者さんの関心を引き付け、音楽の種類を望ましい気分にあったものに変えていく。
④絵画的な音楽で人間の連想を刺激する段階
患者さんの思考を現実世界へ取り戻す。
このように、本能的なもの→感覚的なもの→感傷的なもの→現実的なものへと変化させていくというものです。段階的に聞かせる音楽の種類を変えることで患者さんの気分を良い方向に導こうとしたのです。
心の病気は、治したいと思うだけで治るものではありません。
再発を繰り返し、何年も長期にわたり病気に悩まされることもあります。
そのときに心地よく聴いている音楽から、別の音楽を聴くようになることは、今の不調な状態を維持せず、一歩踏み出して、積極的に改善に向かうことを意味します。
同質の原理と同じように、水準法もまた、患者さんの価値観やアイデンティティに関わることなので、ただそのときの気分を変えるだけでなく、その人の生き方までも変えることにつながります。
積極的に改善に向かうとは、心の治療の本質的なことといえます。
病気やストレスから解放されたいと思っていても、なかなか解放されないのは、その状態にある種の快感を感じている場合もあります。
依存と同じ状態といえるでしょう。
そんなとき音楽は心の癒しの手段となりますが、実際はその同質の中で病気に浸りこんでいるというのが日常の施術でもよく見られる光景です。
勇気をもって積極的に異質へと向かうということはとても重要なのです。
異質の出口から出ていくということです。
・精神交互作用
森田正馬氏は神経症の症状を引き起こす仕組みのひとつとして、”精神交互作用”を取り上げています。
”精神交互作用”とは、あることが気になりだすと、その点ばかり注意が集中し、その部分がますます過敏になり、注意がその部分に定着してしまうということです。
感覚と注意が相互に影響しあってますますその感覚が拡大される精神過程を示したもので、”注意と感覚の悪循環”という作用です。
たとえば、疲れや寝不足などから心悸亢進(動機とも)を起こすことがありますが、そのとき、神経質性格の人なら、心臓が悪いのではないかという不安をもち、それが気になりだすと、自律神経がさらに緊張し、心拍数もよけいに上がります。するとさらに心臓に注意が注がれ、ますます心悸亢進が激しくなるといった悪循環が生まれることになります。
このように異質へ転導できなくなる状況は、心の病にはいつもつきものだといえるでしょう。
”異質への転導”は患者さんだけでなく、誰にとっても欠かせないプロセスなのです。
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